第二次世界大戦で負けた日本は、
1948年(昭和23年)のロンドン・オリンピックには出場できず、
苦い思いをしました。
その代わりとして東京で同じ時期に開いた日本水泳選手権では
世界記録も生まれましたが、
日本水泳連盟がFINA(国際水泳連盟)に
加盟していなかったために公認されず、悔し涙を飲みました。
アメリカ人のほとんどは、
戦争に負けて食うや食わずの日本選手に
そんな記録が出せるわけがないと、
はなから信じようとせず、
アメリカの新聞は「日本のプールはアメリカより短いに違いない」
「日本のストップウォッチは壊れている」などと書き立てたのです。
全米水泳選手権での日本勢の圧勝は、
そんな屈辱を一気にはらしてくれることになりました。
これまでは「ジャップ、ジャップ」といって
日本人や日系人を認めなかった白人たちは
「グレート・スイマー(すばらしい水泳選手だ)」
「フライング・フィッシュ・オブ・フジヤマ(富士山の国のトビウオだ)」と、
日本のヒーローたちを口々に褒め称え、
「ジャップ」という日本人を見下した呼び方は、
すぐに「ジャパニーズ」という親しみを込めた呼び名に代わりました。
選手たちの大活躍のおかげで、
アメリカでの日本人や日系人に対する偏見が薄れたことに、
勇も正子もとても喜びました。
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